仕事の記録

幸運を育てる 0.01

そんなこんなで、無職になってしまった。

引っ越したばかりで、まだなれない自宅がやけに寂しく感じる。

当然近くに知り合いがいるわけでもない。

新しい職場に向けて抱いていた希望もなにもない。

僕を支えてくれるようなものは何もなかった。

今までの職場で積み重ねてきた信頼も、PTとしての技術も、たくさん勉強してきた知識も、今は何も役には立たない。

そこから、生活していけるだけのお金は生まれれてこない。

短い期間であったとしても、一生懸命頑張ってきたものが何も残っていないように感じた。

あとになって思い返してみれば、会社員として雇われるということはいつだってそのようなリスクがつきまとっていたのだと思う。

後に僕の中で、後輩に指導するときに必ず伝える、「明日ここが潰れたとしても、やっていけるような人になってほしい」という思いはここから生まれたのだと思う。

ひとまず、僕は就職活動をすることにした。

前の職場には、地元に帰ると嘘の報告をしていたし、何より引っ越しも住んだあとなのでそう簡単に戻るわけにもいかない。

金銭的には退職金も入っており、余裕がないわけではなかった。でも、無職という肩書が、僕にはしんどかった。

ちっちゃい自分は、アンケートの職業欄に無職と記入することはできず、会社員と記入した。

僕は一日でも早く働きたかった。

理学療法士として、人を触っていない期間が長くなれば長くなるほど不安になった。

今は1月。すでに、最後に仕事で治療してから1ヶ月以上たっている。

予定なら1月には働いていたはずなのにという思いが頭から離れない。

こんなはずじゃなかったのに。

転職する前には、威勢よく、大学の同期に訪問リハを立ち上げるという話をしていたのに、蓋を開ければ無職の出来上がり。

そんなどうしようもない考えがベッドの中でも頭をよぎる。

昼間に外に出ても、いい年をした男がフラフラしているだけで、周りの目が気になってしまう。

とにかくそんなふうにうじうじしても始まらないので、就職活動を始めることにした。

就職活動は、学生時代以来だ。学生時代の就職活動も一回見学に行った施設にそのまま就職した。

幸運なことにいい職場に巡り会えた。今の自分があるのもそこの施設の人たちのおかげだと思う。

でも職場に合う合わないは、入ってみないとわからない。

いい職場や悪い職場もあるのかもしれないが、僕は合う合わないの方が大事だと思っている。

僕は、ひとまず人事紹介会社に登録することにした。

職場の先輩が転職する際には、転職エージェントを使っており、段取りを色々付けてくれるのでおすすめだよと教えてくれたからだ。

僕はスマートフォンに自分の情報を入力していく。

希望は、訪問看護。

僕は前の職場で働きながら、アルバイトで都内の訪問看護で働いた経験があった。

都内の大手の訪問看護。

アルバイトにも関わらず、社員研修に参加させてもらえた。

そのときに、社長の話を直接聞くことができた。

元金融マンの社長は、自分でヘルパー2級をとって、数人で訪問介護事業所を立ち上げた。

介護の仕事ってなんて素晴らしいんだろう。お金をもらっているのに相手から「ありがとう」っていってもらえる。

「こんな仕事は他にはないよ。」

社長は研修に参加している10人くらいの社員に向かって語りかけていた。

その言葉の一つ一つが僕には突き刺さってきた。

「みんなやめないからよくならない。」

その言葉も僕の常識を覆した。

医は仁術という言葉を覆す言葉だった。しかし、そのとおりだと思った。

介護の現場は常に人手不足だ。

しかし、待っている人たちのために、困っている人たちのためになんとか持ちこたえさせる。

自分を犠牲にしてでも、なんとかする。そんな人達のおかげで、今の医療や介護は成り立っている。

その前提をぶっ壊す言葉だ。

その研修自体が、僕にとって価値観を変えられた出会いだった。

大手の訪問看護に行けば、また、あのような出会いがあるかもしれないと感じていた。

この転職をマイナスにしないためにはどうすればよいのか。僕は少し前向きに考え始めていた。

続く

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