仕事の記録

幸運を育てる 1(仮)→0

「というわけで、うちの会社で正村さんを雇用するというのは難しくなりました。」

場所は、都内のありふれたファミレス。僕は、大好きなティラミスを頬張りながらその話を聞いていた。

坂上さんは、申し訳無さそうにテーブルの上に視線を落としながら僕に謝る。

この日は2019年1月11日。僕は先月12月に4年近く働いていた老健施設を退職した。理由は、坂上さんの魅力的な提案があったからだ。「一緒に訪問立ち上げましょ!」


坂上さんは、変わった男だ。

この人との出会いは、2年前、セラピスト向けの研修会だった。僕は、理学療法士として自分の腕を磨くことに喜びを感じていたし、特に技術系の研修会は学んだ分だけ効果が出るので、積極的に参加していた。

しかし、坂上さんはセラピストではない。さらに言うなら人の体を触ることもない。

もともと臨床工学技士といって、医学的な機械の専門家だ。手術に立ち会って機器を取り付けたり、入院中の患者につないである機械の設定をしたりする。

そして現在は、デイサービスの副社長だ。社長は実質的に仕事をしていないそうなので、事実上の責任者だそうだ。そんな人が、なぜかセラピスト向けの研修会に参加しており、そして僕は出会った。

その研修会は、1週間泊まり込みで行われる。それを3回開催されており。3回とも僕と坂上さんは参加していた。

一緒に実技のグループワークも行った。グループワークは実技があるので動きやすい服装で行うのだが、坂上さんは、空手の道着を着ていた。僕からしてみたら謎の男だった。

しかし、話を聞いてみると、都内の医療法人の中のデイサービスの責任者。しかも、理事長と話をすることも可能とのことであった。

そんな、強いバックグランドを持つ坂上さんが、「訪問やりましょ!」と声をかけてくれた。

僕は、これはチャンスだと思い。その時、即決した。


2018年1月、僕は坂上さんの案内で、医療法人 栄令会の病院やクリニック、デイサービスを見学した。大きな病院だった。自前の救急車も持っていると聞き、さらに驚いた。

デイサービスは一日に100人来るという。自分たちで工夫しながら作り上げてきた施設という感じがする。ウォーキングのフロアでは、自分たちで人工芝を敷き詰めたと坂上さんは嬉しそうに話してくれた。

見学しているだけで、僕の目には魅力的に写っていた。

そして、僕が配属される予定なのは、回復期病院。病院の中に訪問リハ事業所を立ち上げ、訪問リハビリテーションに行く。最近のトレンドにもマッチしている。

訪問リハビリテーションは最近盛り上がっている分野だ。これは、社会が高齢者を地域で支えるという方針を打ち出したからだ。

2025年問題というものがある。団塊の世代が高齢者になり、社会の支え手が大幅に減ってしまうという問題だ。

1人の高齢者を3人の現役世代が支える。そんなイラストをテレビのワイドショーなんかでもよく見るが、そんな世の中がやってくるのが、2025年だ。

そこで、国は地域包括ケアシステムという構想を打ち立てた。この仕組が成り立てば、2025年問題は解決できるそうだ。

これは、地域で高齢者を支えていく仕組みを作ろうというものだ。施設や病院で過ごすのではなく、住み慣れた地域、家で最期まで、できるだけ長く暮らしていこう。素晴らしい考え方だが、かかる費用が箱物に比べて1/3程度で済むという経済的な面も併せ持っている。

そんなトレンドから、在宅系のサービスは今伸びている分野なのである。需要と供給の関係で言えば、供給がまだ追いついていないというような状態だ。なので、診療報酬も高めである。つまり、儲ける分野ということだ。

訪問の魅力は、金銭的な面だけではない。何より、その人の生活の中で仕事ができるというのが魅力だ。

一緒に畑に出て、いんげんの収穫をしたり、タクシーの手配をして、お墓参りに行く。病院のリハ室の中では絶対にできない活動だ。

さらに、収穫したいんげんを近所の人におすそ分けする。お墓参りのお寺の住職さんとお話をする。そこまでできれば、社会参加にもつながる。

なんて魅力的な仕事なんだろう。

当時の僕はそう考えていたし今でもそう思っている。だから、飛び出すことにした。自分の理想の訪問リハを追い求めるために。

しかし、現実は甘くなかった。

走り出す前にコケてしまった。

しかも、前の職場をやめて引っ越しも済ましてしまったあとだ。

僕には何も残っていなかった。

〈続く〉

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