雑記

書評「自分の頭で考えよう」

今まで、自分は物事をよく考えていると思っていた。

事実なんとなく考え事をしている時間はあった。

しかし、ぞれは自分の頭で考えているのではなく、情報を頭の中で巡らせているだけだった。

例えるならば、自分の頭で考えるという後が、道のない山道を切り開いていくことである。

それに対して、すでに整備された登山道を歩くのは、自分の頭で考えているとは言えない。

単に、すでにある情報を繰り返しているだけだ。

なので、疲労感も両者で大幅に異なる。

新しいことを考えるというのは、疲れることである。

数学の問題を自力で解くようなものだ。

答えを暗記して、応用するのとはわけが違う。

自分の頭で考えられるようになるとはどのようなことであるのか。

自分は自分の頭で考えることが重要だと度々主張しているが、自分自身明確なことばでそれを説明することが難しかった。

本を読む前に、それを説明するのであれば、物事を自分の利に沿って比較検討することとでもいうだろうか。

自分の中の考えに主張の3段階というものがある。

一段目は、自分の妄想を主張する。

これは、夢の国は存在するというようなものだ。

ミッキーマウスは生きているでもいい。

実際に正しいことを主張するのではなく、自分が望むあり方を主張する段階だ。

観念主義と言ってもいいだろう。

次の段階は、物事の正邪で捉える段階だ。

検討する軸が存在しており、それが正しいか間違いかを検討する。

就業規則に寄ると、仕事中にサボってはいけない。

このような主張である。

就業規則というような、明確なルールや道徳などがそれに該当する。

最後の段階では、自分の利に沿って考える段階だ。

この段階は、2段めの段階の思考を様々な視点から考え、自分にとってはどのような行動を取るのが正解なのかを検討することだ。

就業規則では、サボってはいけない。

しかし、空き時間を持て余している。

顧客には何をしていても迷惑はかからない。

この時間を有効活用するには休憩時間として使うことが考えられる。

自分の課題として、資格試験の勉強が挙げられる。

よって、この空き時間は仕事をサボって、自分の資格試験の時間に当てる。

利己主義と勘違いされるかもしれないが、自分の利益は何かを突き詰めて考えることは、様々な軸から考えなくてはならないため、考える力を有すると考えていた。

今回、ちきりんさんの「自分の頭で考えよう」という書籍を読んだ。

この本でも、問題集の回答を暗記するのではなく、まずは自分の頭で考える癖をつけようと主張している。

なぜかというと、現実世界では回答が書かれているものは少なく、問題の回を自分で生み出さなくてはならないことが多々あるからだ。

僕は、ほとんどの問題には、それに該当する書籍が出版されているとも思うので、一概に全て自分の頭で考えるべきだという主張には疑問を感じるが、やはり考える力を身につけるという点において、そのようなトレーニングをすることは重要だと思う。

考える方法を本の中では解説してくれる。

ポイントは「なぜ」と「その結果どうなる?」ということを考えることが重要と解説されている。

情報を思い返しているのは、考えるとは言えない。

考えることは決断することである。

「なぜ」「だからなんなの?」と深堀りする。

構成要素を分解し、細かく検討する。

比較するコツ。

構成要素を細かく分析→重要項目は何かを検討する、そして決断→比較

比較のレベルはあっているか。

データを読み解く方法。

などなど、やはり一回読むだけでは触りが理解できるだけだな。

一回の読書でもっと深く理解できるように努力する。

何回も繰り返し読む。