雑記

何を言いたいのかよくわからない患者について

リハビリを仕事にしている人間であれば、理不尽なことを言う患者というものは、誰しもが経験があるのではないか。

そのような患者に対して、セラピストは真摯に対応していても、相手には響かずに担当を変更せざるを得ない場合がある。

無論。自分の場合もある。

私が体験したケースをもとに、仮想の利用者像を作り出して考察を深めていきたいと思う。

私が経験したのは、過去に11人担当変更が行われ、私自身が12人目のセラピストとして訪問したケースが有る。

やはり、私も例にもれずに担当変更となってしまったのだが、その原因と対策について考えていきたい。

環境

私に依頼が来た時点で、担当がコロコロと変更されている患者というようなことだった。

初回の訪問から、ケアマネージャーが同行した。

今思えば、ケアマネジャーも非常に大変だと思う。

初回や2回目は特にトラブルは起きなかった。

本人が意見を言わない様子が目立っていたので、上司には、現状では大丈夫だと思うが、わからないと報告していた。

しかし、3回目の訪問の際に豹変した。

今までは、見せていなかった、露骨な態度がでてきた。

本人の主張は「正しい歩き方を身に着けたい」だった。

その希望を叶えるようなアプローチを自分で、とっていたが6回ほどで終了となってしまった。

なにをもとめていたのか

そのケースで自分は何を求められていたのかを考え直していきたい。

自分では、「歩き」に対する改善を促してきたつもりだ。

正しい評価と、その人の苦手なところ、得意なところを客観的な指標をもちいつつ治療にあたった。

その人のイメージするリハビリは、その人が入院していたリハビリだけだったようだ。

知る人ぞ知る、オレンジ色のプロ野球球団の名誉監督がリハビリを行った病院といえばおわかりになるだろうか。

そこで行われたリハビリと全く同じことをしてほしいという希望であった。

しかし、今思えば、その人は、「歩けるようになる」ことを心から望んでいたのかというと、そうではなかったと思う。

痩せたいという女子が、運動も食事制限もせずに痩せたいと言っているような状態だったと思う。

その人は、痩せたいのでない。

楽に痩せられるという夢を見たかったのだ。

そのような人に、食事制限や運動をしろといっても効果はない。

むしろ、見たい夢を否定されるように感じ、怒るのではないだろうか。

改めていうが、その人は痩せたいのではない。

その人の希望は、苦労せず、現実を直視せず、無理せず痩せられるという夢を見たかったのだ。

そのような立場に立った場合。

アプローチの方法は大きく異る。

なぜなら、その人の本当の希望は、「正しく歩けるようになる」ではないからだ。

それはあくまで建前で、自分の状態をただしく把握したいとも感じていない。

疲れる運動をしたいわけではない。

地道な練習をすれば、ゴットハンドのようなセラピストではなくても症状を改善させていくことは可能だ。

しかし、その人が望んでいたのは、地道で確実な努力ではない。

自分の体には問題がなく、技術の熟練したセラピストによる声掛けさえあれば、自分の歩行がみるみる改善していくというような幻想だ。

つまり、夢を見させてほしかったのだ。

地道な努力ではなく、夢を見させてほしいのだ。

このようなケースの場合、科学的な姿勢では太刀打ちできない。

むしろ、宗教やスピリチュアルのような姿勢を持ってことに望むのが、割とスムーズに進むのではないかと思う。

本人が気がつくまで、本人にとって優しい幻想を見続けさせることが重要だったのだ。

その事に気が付かず、わたしは「正しく歩く」ための努力をした。

それは幻想ではなく、現実を見せつける行為だったのだ。

夢を見たい人に、現実をみせるとどうなるか。

猛烈な反発を食らう。

その人の自宅で家族ともども、罵詈雑言をあびせられた。

私からしたら非常に理不尽だし、どうしたらいいのかわからなかった。

いまならどうする

今、私が同じようなケースを担当するとしたらどうするのか。

それは、自分も全力で幻想を信じ込むことだ。

そうしないと、相手に伝わる。

「そんなわけねーじゃん」と思う。

間違いなく思う。

しかし、信じなくてはならないのだ、

どっちにしろ成果は出ない。

本人が地道な努力をするつもりがないのだから。

それならば、本人がいち早く、自分の現状に気がつけるようにすることが上策なのだ。

自分は鏡だ。

現実ではなく、その人の幻想を映し出す鏡にならなくてはならない。

鏡に写った幻想を見てはじめのうちは、満足するはずだ。

幻想がよりはっきり見えるような気がするからだ。

しかし、幻想はあくまで幻想だ。

現実が変わることはない。

あとは、鏡に写った幻想が、現実には起こらないことなのだと、本人が納得できるまで待つ。

幻想を追い求めたまま、死んでいくことになるかも知れないが、それが本人にとっては上策なのだ。

夢を求める

幻想を追いかける人に、それは幻想だよと言ってはいけない。

その人の発言に対して、否定するような発言をしてもいけない。

「でも」や「いや」だとか「だけど」といってはいけない。

自分がセラピストであることを一旦忘れることだ。

自分がスピリチュアリストだと思いこむことだ。

いや、詐欺師でもいい。

私は、現実を見せようとしたときに「理屈っぽい」だとかなんだとかごちゃごちゃ言われた。

しかし、なぜそのようなことを言われるのかわからなかった。

原因は、お互いの目的が違ったからだ。