雑記

もののけ姫が今までとは異なって見えた

新型コロナウイルスで世の中悪いことばかりかとも思ったが、いいこともある。

そのうちの一つが、映画館で「もののけ姫」を見ることができたことだ。

ジブリ映画は、金曜ロードショーで誰もがみたことのあるものばかりだともう。

最近では、金曜ロードショーでラピュタをやるたびに「バルス祭り」など、楽しみ方が多様性を帯びてきたように思う。

もののけ姫を始めてみたときは、小学生の頃だったか。

祟り神の恐ろしさや、アシタカのかっこよさなどが印象に残っていた。

アシタカがかっこいい映画と異様な印象であったが、その物語の中で描かれていることの半分も理解することができていなかったと思う。

歳月を重ねて、初めてみたときから、20年近い歳月が経ち、物語の中で登場する人物たちの細かな言葉一つ一つが心を打つようになっていた。

名作というものは、何度も繰り返し楽しむことができる。

それは、作品は変わらないが、それを咀嚼する自分自身の変化に気がつくことができるからだ。

作品の中で描かれている世界観や、登場人物の心理など、いままでは考えることのできなかった事柄に意識を向けることができるようになっている。

特に、もののけ姫のような名作の場合、いろいろな人が作品についての考えをのべていたり、作者自身がこのような思いで作っているというような考えが、語られており、自分自身の世界を広げることができるようになっている。

作りての細かな部位への配慮、それは主人公の僅かな瞳の揺れであったり、表情であったり、背景であったりするのだと思う。

今回映画を見て一番、僕が感動したのは、癩病患者のシーンだ。

タタラバを訪れたアシタカが、烏帽子は以下の癩病患者と話をするシーンだ。

差別を受け続けた病人のおさが、世の中を恨み憎んできたが、それでも息合いと異様なセリフを言っていたことに、非常に心を動かされた。

あの映画は、登場人物の殆どが、どこにぶつけていいのかわからない怒りのような感情を持っているように感じる。

怒りや悲しみ、時にはその感情が死へのあこがれのような形で現れているように感じた。

しかし、そのような環境にあったとして、最後の最後には生きていくことへのメッセージが表現されているように感じるのである。

それこそ、キャッチコピーは「生きろ。」であるが、その上辺だけの意味しか今までは理解できていなかったと思うのだ。

映画から学ぶことというのは非常に多い。

まだ、ジブリ映画は公開されているので、他の作品も見に行ってみようかと思う。