雑記

実習生とともに学ぶ説明の仕方

疑問

お久しぶりです。まさむらです。

土日は台風がすごかったですね。僕の家の近くの綾瀬川も氾濫寸前で不安な気持ちでした。

全国的に、被害がたくさんでたようです。

被害に合われた方にはこの場を借りてお悔やみ申し上げます。

さて今回の記事ですが、先週まで僕の所属する病院に臨床実習生が来ていました。

そのときに学生に説明することが多く、どの言葉だったら相手にとってわかりやすい説明になるのかを考えましたので記事にしたいと思います。

質問は理解度のバロメーター。

僕は指導担当(スーパーバイザー)ではないので、学生とやり取りするのは学生が僕の治療の見学についているときです。

その時の説明は、自分が教えられた説明や研修会などで聞いた話をそのまま、学生に話していることが多いです。

自分も納得して説明していますし、何より目の前で実践しながら説明できるので、学生にも楽しんでいただけているのではないかと思っています。

このときは、一緒に実験しているような感覚で(患者様相手でこの言葉は不適切かもしれませんが)取り組むことができます。

仮設を立て、実際に評価で検証し、治療する。再度評価し、変化を確かめるという過程はやっぱり実験に近いような気がします。

このとき、学生の理解度を高めるような説明ができていれば、もしくは関心を持ってもらえるような説明ができていれば、ほっといても質問は出てくると思います。

指導者の人が、「最近の学生は質問が少ない。」などとぼやいているような人がいますが、指導者側の実力不足である可能性が高いです。

わからないから質問するものだ。と考えている方も多いですが、僕は、ある程度わかっていないとできないのが質問だと思います。

なので、質問が少ないということを実習中に解決するには指導者がわかりやすい説明にするか、実習中に学生にめっちゃ勉強してもらうかの2択だと思います。

そもそも後者の方法が取れる子は、このような自体になっていないとも思えますので、指導者が頑張るしか解決方法はないんじゃないかとさえ思います。

ある程度の水準までうまく学生を誘導したいものです。

ですが、学生側にも基本的な知識が足りていないような子も多いので、その場合は相手の知識の範囲で関心を持ってもらえるような体験をしてもらえればいいのではないでしょうか。

知識不足はどうすることもできませんし、そもそも学校にいるうちは関心を持つような体験も少ないので、ある程度仕方ないとも思えます。

僕は、臨床に出てから勉強するようになったタイプ(テストに合格するラインまでしか勉強しない)ですので、割と学生の肩を持ちます。

症例発表はやったほうがいい

臨床実習の最後には、たいてい症例発表があります。

学生が、職員の前で自分の担当した患者さんの評価と治療についての考えを発表するのです。

僕も、学生の頃は嫌でしたが発表はしたほうがいいですよ。

本当は、早くみんなの前で発表したい!と思えるくらい努力して完成させられるといいのですが、学生のうちはなかなか難しいと思います。

僕は臨床一年目の頃、早く発表したいと思えるようなレポートを作成したのですが、職場のトップの先輩に鼻っ柱を折られたのを覚えています。

あの経験があったから頑張ることができたので、今思えば感謝です。

最近では症例レポート自体がなくなりつつあるようですが、結局働き始めてからやることになるので、前倒しでやっておいたほうが成長が早いと思います。

さて、今回の学生も症例発表を行ったのですが、例にもれず、個別性が足りてないとの指摘を受けていました。

特に問題点の抽出というところに顕著に現れていました。

挙げられていた問題点は疾患名さえわかってしまえば、上げることのできるようなものばかりで、患者さんを見ていなくても作れるようなものになっていたのです。

働き始めてからは、この「個別性」という言葉の意味がわかってきたのですが、学生の頃には全く意味がわかりませんでした。

失敗してはいけないという失敗

そもそも学生は、どうしてそのような教科書のコピーのようなレポートを作成してしまうのでしょうか。

僕も学生の頃には、教科書のコピーのようなレポートを作成してしまい、バイザーの理学療法士から、アカデミックなレポートだねという言葉を頂いたのを覚えています。(そのようなレポートを見たときには、アカデミックなレポートだね!と声をかけてあげましょう。)

ここの根底には、間違ったことを言ってはいけないという間違ったマインドセットがあります。

言い換えるなら、失敗してはいけないという失敗です。

間違った臨床推論でも、自分で構築することに価値があります。

本当ならば、自分の考えを組み上げたことに、まず称賛すべきです。

自分の基準を相手に持ち込むのは、お互いが不幸になってしまいがちです。

まずは、学生が安心して失敗できるような環境を作らなくてはならないと思います。

人に迷惑をかけてはいけないというのが前提の世の中ですので、失敗することが成功という価値観をもたせることは難しいですが、それさえうまく行けばいい実習にできるはずです。

大事なのは、自分の考えを持つこと。あっているのか、間違っているのかは大した問題じゃないのです。

それなのに、考えの間違いを正すのが仕事であると勘違いしてしまうのです。

指導している感は出るのですが、指導者の自己満足で終わってしまいます。それよりも、自分の考えを構築したことに着目し、称賛することこそ指導者に求められる役割なのではないでしょうか。

個別性を言葉で説明する

臨床経験を重ねる上で、個別性という意味はわかってきました。

しかし、臨床経験を重ねていない学生に、どうすればこの言葉の意味を理解してもらえるのか、というのは私にとっては難問でした。

最近読んだ本の一節に、わかりやすい説明というのは相手の頭の中にある知識を使って説明することだ。と書かれていました。

例えるなら、相手の知らない「X」というものを説明する際に、相手の知っている「A」「B」「C」という事象を使って、

「X」とは、「A」と「B」と「C」を足して3で割ったようだものだ。

という説明になります。

その本には、

一時間をかけて何かを説明するなら、

はじめの55分は相手の知っていることをできるだけ引き出して、

残りの5分を使って説明するとまで書かれていました。

なるほど。

たしかに僕たちは説明する時に自分のペースで説明しがちだったと反省しました。

そして、どのような説明だったら個別性をわかりやすく説明できるのか考えてみました。

ちなみに今回来ていた学生はタピオカ好きだったのでそれをベースに考えてみました。

タピオカと個別性

僕「このレポートには個別性が足りてないっていうのはね、

例えば、学生さんはタピオカ好きなんだっけ?」

学生「??。タピオカ好きです。」

僕「よく行くタピオカの店もあるんだったよね。」

学生「レイクタウンのお店ですね。すごい美味しいんですよ。」

僕「じゃあ、そのお店がTVとかYoutubeでタピオカのスペシャリストみたいな人が紹介してたとすんじゃん。」

学生「ただでさえ混むのでやめてほしいですね。」

僕「まーー。それはおいといて。そのタピオカのスペシャリストが、そのお店のタピオカを飲んでコメントするわけ

「ここのタピオカもちもちですね。しかも黒くて大粒です。」って。

これでコメント終わったらどう思う。」

学生「えー。それはないですね。そのコメントだったらどのタピオカだってそうですし。ここのお店だったら、キャラメル味とか、コーヒー味の染み込んだタピオカが楽しめるとか言ってほしかったです。」

僕「そうだよね。他にもある?」

学生「この程度のコメントだったら、タピオカのスペシャリストとか名乗らないでほしいです。」

僕「いうねぇ。じゃあ、学生さんのレポートはどうだろう?」

学生「!?」

僕「学生さんのレポートも、この病気の人なら誰でも当てはまることじゃないかな?。」

学生「たしかにそうかも知れません。」

僕「さらにいうと、さっきのタピオカのお店の店員さんだったら、このコメントを聞いてどう思うかな?学生さんと同じように、このお店の特徴を話してほしいと思うはずだよね。」

学生「私が店員さんだったら、匿名のtwitterのアカウントで悪口拡散させてたかもしれません。」

僕「!!!。まあ、ともかく店員さんは僕らの場合だと患者さんになるよね。あとはタピオカの違いが分かる人、タピオカのコメンテーターは理学療法士になるよね。

そうだとすると、店員さんはもっとウチの商品ちゃんと見てよと思うし、君みたいなタピオカ好きだったら、もっとちゃんと説明してよって思うよね。」

学生「・・・。はい。」

僕「うん。それが僕らの言っている個別性を出すことだよ。」

学生「わかりました。とりあえず、個別性を出すための評価が足りませんでした。」

僕「たしかにそうだね。個別性を出すには大味な評価では出せないだろうね。」

学生「今度は細かい評価の視点を持ちながらタピってきます!!」

シュタタッ

僕(行ってしまった・・・。)

まとめ

今回は、学生を指導する上で、逆に僕たちのほうが学びが多いという話でした。

最後のタピオカの話は、学生が実習が終わったあとに思いついた話なので、まだ使っていません。よかったら使ってみて下さい。

最後まで読んでいただきありがとうございました。皆さんの参考になれば嬉しいです。