雑記

続けるだけじゃ意味がないけど、続けることが難しいのだ

なにか一つのことを続けるというのは難しいことだ。

どのようなことであっても、10年も続ければある程度の形になってくる。

学生時代は勉強を10年以上続けてきたわけだが、そのような頃から考えると、社会人になってから、仕事以外のことを10年以上続けるというのは大変なことだと思い知らされる。

趣味であれば、続けられる。

だが、今までやっていなかったこと、例えば副業など続けようと思ってもなかなか続かないものだ。

続けるためには、ハードルを下げることが必要となる。

ハードルを下げることで、取り組みやすくすることで、継続しやすくなる。

そして、やらないと気持ちが悪くなるようなレベルまで、愚直に続けていく。

しかし、それくらいやるのが当たり前になったあとは、自分の水準を高めていくことが必要となる。

自分自身に付加をかけていくのだ。

そのように自分に負荷を与え続けないと、スキルの向上は生じない。

スキルを高めていくことというのは、過去の自分を否定する作業だと思っている。

今までの自分がだした正解を否定し、新しい最適解を生み出し続けていく。

新しい最適解を出すためには、小さな変化を積み重ねていくことだ。

そして、より良い結果を出すことよりも、自分の成長に対して集中していくことが必要となる。

いい結果が出ることよりも、いままで挑戦できていなかった可能性を試すことで、新たな自分を生み出すことができたという充実感を求めることだ。

結果主義を否定しなくてはならない。

自分自身に、成長こそ成果と暗示をかけ続け、自分の観念を変えていくことだ。

その段階まで来ると、自分に対して大きな負荷をかけることになる。

負荷をかけなくては、成長はない。

しかし、負荷が大きくなりすぎると、続けることを放棄してしまう。

ダイエットに失敗したりする場合は、いきなり大きすぎる負荷を自分に課していることが多い。

まずは、続けることを目標とすることだ。

そのうえで、小さなハードルを一つづつ超えていく。

そのような姿勢で物事に取り組んでいく。

適切な目標設定。

適切なハードルは自分自身で作らなくてはならない。

そのためには、自分自身の状況や性質に対しての理解が必要となる。

他の人が作った目標をそのまま自分で踏襲してもいいが、それ目標は一般的なものであってそれを超えていくことが必要となる。

なぜなら、自分の成長を目標とする場合、自分の欠点や長所に対する理解が必要となる。

さらに、小さな変化を生み出し続けることが目標であるので、自分で小さなことに気がつくことが必要となるからだ。

人の用意した目標というのは、誰にでも当てはまることだ。

つまり、その道に従っていっても10点満点中10点が限界だ。

自分自身で、小さな差異を生み出すことができれば、それは11点や12点などの点数を叩き出すことも可能となる。

小さな変化を探し続けることというのは、大変なことだ。

ある意味では自分の行動のあら捜しを続けるようなものだ。

そのあら捜しをあら捜しとして動いてしまうと続かない。

より良くしていくという意識を持ち続けることだ。

そこに対しての姿勢を間違えてしまうと、辛くなってくる。

職場で仕事をしていても、この2社の意識の持ち方の差が、人間関係の歪みとしても生じるのではないだろうか。