雑記

現実は厳しいが、夢はいずれさめてしまう

世の中は、漫画や映画の世界のように2項対立では存在しない。

勧善懲悪の世界は、作り物の中にしか存在せず、現実の世界は何が正しくてナイが正しくないのか判断がつかないことばかりだ。

先日、映画館でもののけ姫をみてきたが、その世界観はまさしく現実そのものだ。

主人公のアシタカ自体も、自分の思いや理想のように現実が進んでしないことに、打ちのめされていく。

現実は厳しいものだ。

現実があまりに厳しく、救いのない世界だから自分自身の世界や幻の世界観に逃げる人がいる。

たしかにその人の自由だが、本来向き合わなければならない現実から目を背けることに拍車が掛かる。

現実から目を背けるのは自由だが、流れすぎた時間はもとには戻らない。

もし、考える時間が十分に確保されていたとしたら、夢の世界に逃げたまま孤独に苛まされることも減るはずだ。

今の世の中は矛盾に満ちている。

それが資本主義社会の現実であり、ルールである。

資本主義社会は私達の生活を豊かにしてくれているが、現実に向き合うことから逃げる方法を数多く提供し、真に豊かなあり方から遠ざけられているのではないかと感じている。

僕は、夢の国関連のものがあまり好きではない。

あれは、現実逃避に見えて仕方がないのだ。

ただの娯楽であればいいのだが、夢の世界に心も現実も持っていかれてしまうのは、個人的に好ましくないと思っている。

その世界の中にとどまっていれば、辛く、厳しい現実と向き合わなくて済むから、虜になっている人が多いと思う。

特に女性に多い気がする。

ここで述べるのは、女性蔑視とかそのようなニュアンスはない。

ただ、女性の方が男性よりも頭がいいし、成熟しているだとか。

男性の方が女性よりも力が強い傾向にあると同じような意味で考えてほしい。

男性は、無限に子供を作れるのに対して、女性は限られた数しか生むことができないのも同じことだ。

そして、生殖活動に与えられている時間が両者で大幅に異なるということも踏まえてほしい。

なぜ、女性の方が成熟するのが早いのか。

それは、与えられている時間が短いからだ。

男が、酒や女、ギャンブルに溺れていたとしても、取り返しのつく時間があるのに対して、

女性が夢の世界にとどまっているうちに、女性としての子供を授かることのできる期間が過ぎ去ってしまう。

なので、早いうちに自分の方向性を見極め、行動しなくてはならない。

賢く、現実主義の女性たちは、20代の前半にいい男を見つけたら、さっさと結婚してしまう。

しかし、夢の中に生きる人達は、そのような現実に目をつぶりながら、時間だけを奪われてしまう。

そして、現実に向き合うチャンスを奪われていくのだ。

男だって同じことだ。

特に歳を重ねてから、稼ぐことのできない男は惨めな思いをすることになる。

自分自身もその様になる可能性は、十分にある。

誰にだってある。

特定の資格を手に入れたから大丈夫だ、だとか、お金がたくさんあるから大丈夫だというようにはならない。

男という生き物は、いや、オスという生き物は、食料を調達することに本来の価値がある。

現在ではそれは、経済活動そのものである。

現実に向き合うことだ。

甘い言葉に惑わされず、現実主義でいくことだ。

一生懸命働いて報われるのであれば、世の中の大半の人は報われているはずだ。

現実は、一生懸命働くだけでは報われない。

そして、現実がそのように構成されていることを誰もが理解している。

特に今の世の中は情報や答えにあふれており、誰もがそのような知識に触れることができる。

しかし、現実主義になったときには、行動が求められる。

もし、行動してできなかったら?

自分の能力のなさが原因だとしたら?

誰もがそのような不安に襲われる。

なので、現実から目を背け、夢の世界の中で生きていくのだ。

いつまでも夢の中で生きていければいいのだが、必ず現実というものはやってくる。

それは、孤独という形であったり、病気という形であったり、金銭的は困窮という問題であったりする。

そのときに解決すればいいのかもしれない。

しかし、そのときには手遅れになってしまうことが多いのではないか?

夫婦の喧嘩の原因は、ほとんどが金銭的なものが原因だという。

健全な家庭を、作り上げることができたとして、そのような問題にぶち当たる。

孤独の問題は、もっと辛いのではないか。

現実というものは、非常に厳しく、つらいものだ。

しかし、そのような厳しい現実と向き合っていくことでしか、自分の未来は動かすことができないのである。